動的ストレッチングか静的ストレッチングか?【後編】

2020.12.23

静的ストレッチングはリカバリーやリラックスに効果的

前回のコラムで運動のウォーミングアップのためには静的ストレッチングだけでは不十分であることや、やり方によっては逆に運動能力を低下させることを述べました。しかし、静的ストレッチングは運動後のクールダウンや寝る前に心身をリラックスさせるために行うストレッチとしては適しています。筆者は子供のころから大学院在学中まで16年間、器械体操競技を行い、様々なストレッチを行ってきました。その中で、静的ストレッチングはやり方によってはかなりリラックス効果が高く、睡眠前に行うと睡眠の質も高まり、疲労からのリカバリーにとても役に立つことを実感してきました。今回は、筆者自身の経験を交えて静的ストレッチングのリラックスやリカバリー効果に関して説明したいと思います。

自律神経系の働きと静的ストレッチング

私達の身体をコントロールする神経系は、脳や脊髄を含めた中枢神経系と、脳や脊髄からの指令を筋肉や内臓、血管、心臓などの身体の各器官に伝えたり、これらの器官からの信号や刺激を脳や脊髄に伝えたりする末梢神経系があります。末梢神経系には筋肉を動かす指令を伝える運動神経と身体の感覚を脳や脊髄に伝える感覚神経からなる体性神経と、体内環境を制御する自律神経があります。

この自律神経は、私たちのすべての内臓や全身の血管、分泌腺を支配しており、身体の各器官に対して相反する作用を持つ交感神経と副交感神経により構成されます。この自律神経の働きは私たちが意識的にコントロールするのは難しいですが、私たちの身体の環境に大きく影響し、心身のリカバリーにも大きく影響します。交感神経は日中に活動する時や活発に身体を動かすときに優位に働きます。一方、副交感神経はリラックスしている時や睡眠時に優位に働きます。交感神経が有意に働いている運動時は、胃腸などに送られる血液量は低下し、機能は低下します。しかし、心臓の鼓動は速くなり、呼吸数も増え、骨格筋への血流量は向上し、その機能は向上します。一方、副交感神経が有意に働いているリラックス状態では、呼吸は深くゆったりしたものになり、心臓もゆっくりと鼓動し、胃腸などへの血流量も増え、活発に働くようになります。運動中は交感神経を活発に働かせて運動パフォーマンスを高めることが必要ですが、運動後は副交感神経の働きを活発化させ、しっかりと心身をリラックスさせて質の高い睡眠を得ることが、疲労からリカバリーするために重要です。

しかし、自律神経系は自分の意思で制御することが難しい神経系ですので、心身をリラックスさせなければいけない時に、なかなか副交感神経を優位にさせることは難しい時も多いと思います。しかし、静的ストレッチングは、やり方によっては副交感神経を優位にさせ、身体のリラックス効果を高めてくれます。例えば、運動を行いすぎて筋肉がこわばっていると、その感覚は感覚神経を通して常に脳を刺激しますので、なかなか心身はリラックス状態になりません。また、スポーツ選手などでは食事制限などを行い、空腹でなかなか寝付けない人もいます。次の日に試合や発表会など緊張する場面がある時などは、気持ちが高ぶってなかなか休めないときもあります。これらは交感神経が優位に働きすぎてしまっている時ですが、静的ストレッチングを長い時間かけてゆったりと行うと、徐々に副交感神経が優位に働くようになり、心身共にリラックスしてくるのを実感できます。

心身をリラックスさせるための静的ストレッチングの行い方

心身をリラックスするための静的ストレッチングでは、呼吸の仕方が非常に重要になります。呼吸は腹式呼吸を行い、特に吐く息を長くすることを心掛け、意識的に深く長く呼吸をしてください。各筋をストレッチングするときは、吐く息に合わせてゆっくりと筋を伸ばすようにし、ある程度筋が伸ばされた感覚がでるところまで伸ばし、そこで30秒から必要に応じて1分以上静止します。自律神経の働きは呼吸の仕方により大きく影響を受けますので、筋を伸ばして静止している時も、必ず呼吸は深く長く行っていることが重要です。このような方法でストレッチングを行うと、ストレッチングの後に筋がほぐれてゆるむ感覚が得られます。筋がほぐれる感覚を得るには、同じ筋群を何度か同じ手順でストレッチすることが必要な場合もあります。疲労度合いやほぐれ度合いなどを見ながら、必要に応じてストレッチの時間や回数を調節すると良いと思います。そして、同じ手順で全身の筋肉を順にストレッチしていくと、かなりのリラックス効果が得られます。筆者の経験からは、特に背中や首の筋肉の静的ストレッチングを重点的に行うと、リラックス効果が高まり質の良い睡眠が得られると思います。

静的ストレッチングをするとき、あまりお腹がいっぱいの時よりも、食べたものが消化されてある程度胃が空っぽになっている時の方が効果的に行えます。また、お風呂上がりなど、身体が温まっている時、そして、寒くない部屋で行う方が効果的です。夜に良い睡眠を得るために行うのであれば、入浴を済ませ、歯磨きもして、寝巻に着替えて寝る準備を全て終わらせ、布団の上でゆっくりと行うのも良いと思います。

最後に、リラックスやリカバリー目的の静的ストレッチングで行ってはいけないことを述べます。一つは、反動をつけて行うこと。反動をつけてストレッチングを行うと、伸長反射の働きで筋がより緊張状態になるばかりか、呼吸もゆっくりと深く行うことができません。また、痛すぎるところまでストレッチングをするのも逆効果です。痛すぎればリラクゼーション効果は無くなりますし、下手をすれば筋組織が損傷したり筋肉痛を引き起こしたりすることもあります。常に、気持ちの良い範囲でゆっくり時間をかけて行うようにしてください。

まとめ

静的ストレッチングを適切に行えば、全身の筋をほぐし、副交感神経を優位に働かせ、リラックス効果を高め、疲労からのリカバリーにつなげることができます。その他、ヨガなども同様の効果が得られるものだと思います。自律神経系を自分の意思で制御するのは難しいと言われていますが、自律神経の働きのバランスを保つことは、心身の健康を保つうえで重要です。ぜひ一度、静的ストレッチングを試し、その効果を試してみてください。

著者プロフィール

下河内洋平 博士

博士(Exercise and Sport Sciences)

現大阪体育大学教授。2003年にアメリカ合衆国ミネソタ州においてNATA-BOC公認アスレティックトレーナーの免許を取得。2006年にノースカロライナ大学グリーンスボロ校において博士号(運動・スポーツ科学)を取得後、2007年まで同大学においてフルタイムの Postdoctoral Research Associate として働く。2007年9月より大阪体育大学に就任し、現在に至る。非接触性前十字靱帯損傷予防のメカニズムの解明や、そのための合理的なトレーニング方法の開発などを研究テーマの主軸として研究活動を行っている。