どのようなストレッチング方法がウォーミングアップには最適か?
ウォーミングアップの目的
運動やスポーツをする前に行う準備運動をウォーミングアップと呼びます。そして、ウォーミングアップの中には、ほぼ必ずストレッチングという運動が組み込まれます。ストレッチングとは、関節を通常の可動域以上に動かして、筋肉や腱を引き伸ばす運動のことを指します。
では、どのようなストレッチングがウォーミングアップに適切なのでしょうか。ウォーミングアップで行うべき適切なストレッチング方法を考えるためには、ウォーミングアップの目的を明確にし、その目的に合う運動形態でのストレッチングを考える必要があります。
運動前に行うウォーミングアップの目的は、1)身体の代謝活動レベルや体温を運動やスポーツを行うレベルまで高めること、2)運動やスポーツに必要な関節の可動域や筋肉の柔軟性を得ること、3)筋肉の反応や体の感覚を高めることなどがあります。適切なウォーミングアップを行い、これらの身体の変化を生じさせることにより、より安全に、高いレベルで運動やスポーツを行うことができるようになります。
動的ストレッチングか静的ストレッチングか?
ストレッチングの代表的なものに、静的ストレッチングと動的ストレッチングというものがあります。静的ストレッチングは、伸ばしたい筋をストレッチ(伸長)させるために、ある関節を通常の可動域以上の位置に固定させ、一定時間保持し続けるものです。一方、動的ストレッチングは、リズミカルに、ときには反動動作をつかって関節を通常の可動域以上動かし、目的とする筋を引き伸ばすものです。動的ストレッチングでは静的ストレッチングと違い、動きの最終位置を保持しないという特徴があります。日本で広く行われているラジオ体操も、動的ストレッチングの一つです。
このような運動特性の違いから考えると、動的ストレッチングはウォーミングアップに非常に適したストレッチングであると言えます。なぜなら、動的ストレッチングは自分の筋肉の収縮力を用いて、その筋肉とは反対側にある筋肉を伸ばすというストレッチングだからです。例えば、大腿部の裏側についているハムストリングスという筋肉は、股関節を後ろに曲げる動作(伸展動作)を助けてくれます。したがって、この筋肉をストレッチするためには、この動きとは逆方向の股関節を前に曲げる動き(屈曲動作)を通常の可動域以上に行う必要があります。したがって、このハムストリングスを伸ばすための動的ストレッチングでは、大腿部の前部についている大腿直筋や腸腰筋などの股関節を屈曲させる筋肉を収縮させ、片脚立位などでの非支持脚を前方に大きく股関節から振り上げる動作を行います。ダンスやバレーでダンサーが片脚を勢いよく前方に振り上げるような動作は、まさにハムストリングスの動的ストレッチングの動きです。
このように、筋肉をアクティブに使って重力や慣性力に抵抗して関節を動かし、そのアクティブに動かしている筋肉と反対の関節運動を生じさせる筋肉を伸ばすという動的ストレッチングには、ウォーミングアップとしての様々なメリットがあります。第一に、筋肉を活動的に動かすことで身体の代謝活動が高まり体温が上昇します。静的ストレッチングではこうはいきません。第二に動的ストレッチングでは、体温の上昇が生じることに加え、関節を勢いよく大きく動かして瞬間的に筋肉を伸ばすため、筋肉を過度に弛ませることなく関節の可動域を広げることができます。第三に筋肉の反応や身体感覚を高めることができます。適切に行えば、筋肉の発揮筋力やパワーを高めることもできます。これらは、全てウォーミングアップの目的と合致したものです。
一方、静的ストレッチングでは、関節の可動域を増大させる効果はありますが、動的ストレッチングのように代謝活動や体温を運動レベルにまで高めることは難しいですし、筋肉の反応や筋力発揮能力を向上させるような効果は望めません。逆に、静的ストレッチングを過度に長時間行いすぎると、力発揮能力や収縮速度は低下してしまいます。
結論として、ウォーミングアップとしてのストレッチングは、静的ストレッチングを単体で行うだけでは目的とする運動やスポーツを行うためには不十分ですので、動的ストレッチングを中心にウォーミングアップを行い、しっかりと身体を運動できる状態に持っていくことが重要です。
その他の考慮事項
動的ストレッチングのみを行うだけでもウォーミングアップとしては十分な場合が多いですが、筋肉が疲労でこわ張っていたり硬くなっていたりして、関節を動かしづらく、すぐには動的ストレッチングに入りづらいという場合もあります。そのような時は、静的ストレッチングを動的ストレッチングの前に軽く行うようにし、ある程度筋肉をほぐした状態にしてから動的ストレッチングを行った方が良い場合もあります。また、動的ストレッチングを行った後に、よりスポーツに特異的な動きやパワートレーニングなどを徐々に強度を高めながら行うのも、ウォーミングアップの効果を高めるのに効果的でしょう。
ウォーミングアップは、運動やスポーツでの怪我を防ぎ、より運動パフォーマンスを高めるために行うものですが、何をどの程度行うことがベストかは、かなりの個人差があります。いろいろ試してみて自分に合ったウォーミングアップ方法を作ることが重要です。
著者プロフィール
下河内洋平 博士
博士(Exercise and Sport Sciences)
現大阪体育大学教授。2003年にアメリカ合衆国ミネソタ州においてNATA-BOC公認アスレティックトレーナーの免許を取得。2006年にノースカロライナ大学グリーンスボロ校において博士号(運動・スポーツ科学)を取得後、2007年まで同大学においてフルタイムの Postdoctoral Research Associate として働く。2007年9月より大阪体育大学に就任し、現在に至る。非接触性前十字靱帯損傷予防のメカニズムの解明や、そのための合理的なトレーニング方法の開発などを研究テーマの主軸として研究活動を行っている。